なぜ名前しか呼べないのか――「ライブ」における「聴衆/ファン」の「主体性」について

アイドルのライブやイベントなど*1で、それを観ているファンはステージ上のアイドルの名前をよく発声する(叫ぶ)。あれ、名前を呼ぶ以外の発言がなぜほとんどないのだろうと不思議に思うときがある。「かわいい〜」とか「好きだ〜」とか「愛してる〜」とかあってもいいと思うのだがどうもそういう発言はあまり聞いたことがない(「かわいい」ぐらいならまだしも、さすがに「好き」とか「愛してる」とか言うのは恥ずかしいというのが当然にあるだろうけど)。なぜか。これは、聴衆・観客である我々の意識の問題と言うよりも、ライブやイベントという空間・状況の問題に因るところが大きい。
まず瑣末なことから確認すると、たとえばグループのアイドルの場合は、ただ「かわいい〜」とか「好きだ〜」とだけ言ってもそれがグループの中の誰に向けて言っているのか分からなくなってしまうということがある*2。もちろんその場合は発言の頭にメンバーの名前を入れて、「○○かわいい〜」と言うとはっきりする。実際そういうコールは時々聞くが、名前だけを呼ぶコールに比べたら格段に少ない。そもそも常識的に、あまりに長々とステージ上の演者に対してメッセージをコールすることは、周りの他の観賞者に迷惑になってしまう。だから、コールはごく短いものに限定されてしまう。で、そこで何を発言するかというと、やはり名前を呼ぶくらいが関の山になってしまう、ということだろう。これはマナーの問題であり、マナーとは、時と場合、すなわちある状況がその状況下にある人間に対して下す行為の制約ないし規定のことである。
基本的に、ステージ上で演目が進行されているとき、聴衆はあくまで受け身の観賞者の立場なのであって、そのような観賞者がステージに対して発信行為を行うことは概して禁じられる。しかし例えば、楽曲の演奏中ではなくMCやトークの時間においては、時々ステージ上の演者が観賞者に向けて質問したり感想を求めたりするので、その際には観賞者はそれに応じた発言をできることになる。つまり、(名前を呼ぶなどの単純な「コール」以外の)発言はこちらが演者から求められた場合において可能になるのであって(つまり「コール」ではなく「レスポンス」)、それ以外の場面でこちらから何かしらのメッセージを発することはほとんどないと言っていい。先も述べたように、そこでは名前を呼ぶくらいが関の山なのである。この意味でもやはり我々は端的に受動的な観賞者でしかない。
このように書くと、ライブに熱心に参加する人から反発を抱かれるかもしれない。そういう人たちの多くは、ライブ(とくに音楽の演奏が行われるときの「ライブ」)というものがある程度の双方向的なコミュニケーションの場であると感じているからだ。すなわち、演者が行う演奏に対して、聴衆は身体を激しく動かしたり拳を振り上げたり叫んだり、演者にとって知覚可能な反応を示す。演者はその反応を見ることで嬉しさを覚え、一層自分の演奏に熱を入れる。それを受けさらに聴衆は熱狂し、それを見て演者は……、以下繰り返し*3
つまりここでは、少なくとも「演奏―反応」という水準において演者と聴衆との間のコミュニケーションが生じているといえる。しかし、そこでの聴衆が示す反応とは演者の演奏に対する文字通りの「反応」であって、ステージ上の演奏行為がなければ発生しようのないものであり、ここでも聴衆は受け身の立場であることからはそこまで離れられていない。また、そのような反応はライブという空間で当然予期される行為であるわけで、そこには聴衆の主体的な発信行為はほとんど存在していないと言える。それが、聴衆という立場である。
話をアイドルに戻すと、アイドルのライブでは、他の音楽一般のライブに比べて、聴衆からのコールが格段に多い。しかしこのコールも、聴衆が何かしらのメッセージをステージ上のアイドルに向けて発しているとは言い切れない。アイドルのライブにおけるファンのコールというのは高度に洗練されたシステムであって、曲中のこのタイミングでこのコールをするというのがほとんど確定的(=「お約束」)になっている。そこに聴取者の意思やメッセージは介在しようもない。ライブ中、ファンが「L・O・V・E ラブリー○○」と叫ぶ場合、確かにそれはステージ上のアイドルへの愛情の表明ではあろうが、同時にそれはマナーに従って発声しているにすぎないのだ。聴衆は、自分の「立場=役割」通りの行動しか行えない。
アイドルファンの間で用いられるジャーゴンに「レスをもらう」というものがある。これはライブ中にステージ上のアイドルが客席の自分の観賞行為に対して何かしらの反応を示すことを意味し、ファンにとっては非常な歓喜と興奮をもたらす現象である。おそらくこれは熱心なファンゆえのただの勘違いでしかない場合も多いだろうが、この「レスをもらっ」たときのファンの過剰な反応は、いかにファンが基本的には受動的な存在でしかないかを物語っている。
では、ライブの場でこちらからメッセージを発信することが困難であれば、ファンレターや握手会の場で自分の意思を伝えることはどうか。確かにそこで発せられる言葉のバリエーション、自由度はライブ時のコールとは比べ物にならない。しかし、当然に検閲が介入するそのような場においても、私たちは「ファン」という役割から予期される発言や行為からどれだけ自由に振舞えるだろうか。

*1:私はアイドルだとほとんどハロプロのライブやイベントにしか行ったことがないので、このエントリで述べられるアイドルのライブにおける現象はもしかするとハロプロにしかあてはまらない可能性があるかもしれませんが。

*2:グループ全体に対して言うなら「好きだ〜」だけでも、(ステージ上にそのグループしかいない場合は)対象がはっきりするかもしれないが、集団全体に対して「好き」だとか「可愛い」とか言うのは普通の感覚から言ってどこか変だ。いや、学校の教員がクラスの生徒に向けて「お前らを愛してる」とか言うのなら変じゃないかもしれない。別の意味で変か。

*3:逆に客席の反応が悪ければ、演者は気分が落ち込み演奏のテンションが落ちるか、それを盛り返そうと一層演奏に熱を入れることになるだろう。